一路一会鉄道の旅・鉄路一会>青春18キップで廻る・北近畿・餘部鉄橋の旅
 

   青春18キップで廻る          
  北近畿・餘部鉄橋の旅  

 
5

 さて、ここから再び長い道のりが待っている。明日は定時出社なので、なんとしても今日中に東京に戻らなくてはならない。
 山陰本線は9:33豊岡駅に到着。ここからは別料金で、北近畿タンゴ鉄道に乗る予定を立てていた。ダイヤの関係で普通列車の接続が無いため、特急列車に乗ることにした。ちなみにこの特急列車は宮津から先は、各駅停車で普通車の扱いとなる。
 北近畿タンゴ鉄道宮津線は、もともと国鉄宮津線であったものの、別会社となった今は、駅舎もホームもJRとは直結しておらず、一度外にでて歩かなくてはならない。ホームに停まっていたのはKTR8000形気動車「タンゴディスカバリー」64号の2両編成だった。この車両は富士重工業製で、ヘビに似た奇妙なデザインだが、車内はラウンジや前面展望席があり、そのレベルは高かった
 北近畿タンゴ鉄道は第3セクターながら、新造の特急列車を多く製造している。特に、「タンゴエクスプローラー」のKTR001形気動車は、そのへんの私鉄の特急列車の上をいくデザインである。

 自由席は1両目で、他に乗客の姿は数名しかおらず、自由に席を選ぶことができた。フロントビューが堪能できる最前列は1席しかなく、横の窓の配置もよく無かったので、その後ろの2列目席に座った。それでもフロントビューは良い。10:05タンゴディスカバリーは豊岡駅を出発した。今風なインテリアの特急車両だが、やはりディーゼル車。特有のエンジン音を唸り、ねばり強く加速していく。

 今回、わざわざ別料金を払ってまでこの第3セクターの列車に乗ったのは、訳があったのた。丹後半島は、私にとってお気に入りの場所であり、過去に何度も訪れていた。特に最初に自費で購入した車で旅をしたのが、この丹後半島であり、風光明媚な久美浜の地であった。さらに、舞鶴市と宮津市の境を流れる由良川に架かる橋梁。これも一度は列車で渡ってみたかったのだ。

 やがて列車は美しい久美浜湾を周回して、丹後半島の付け根を横断していく。京極氏の城下町・峰山や丹後ちりめんで栄えた丹後大宮、その次の・駅野田川も同じく丹後ちりめんで栄えた加悦の玄関口です。やがて丹後半島最大の観光地である天橋立を通り抜けると、またまた美しい栗田湾で列車は徐行。丹後半島の中心的町である宮津を過ぎると、いよいよ由良川河口にかかる由良川橋梁を渡っていった。ここもこの路線の醍醐味であり、列車は速度を落として、水面に近い低い橋梁を通過していった。

 そして列車は終点の西舞鶴に到着した。しかしなんで1つ先の東舞鶴までいかないのか? わざわざ小浜線に乗り換える1駅の為に、列車本数の少ない舞鶴線を待たなければならないのだ。ちなみに特急タンゴディスカバリーは東舞鶴まで行くのだが、今乗ってきた特急はさきほど言ったように、宮津から普通列車扱いなのだが、そんなことは知らん。舞鶴線の接続時間は1時間近くあるのだ。
 しかたなく駅前のロータリーを歩いていると、ちょうど東舞鶴行きのバスがあったので、飛び乗ってみた。
が、 西舞鶴と東舞鶴は意外に遠かった。予想以上に運賃も掛かり、おまけに数分の差で小浜線への接続は叶わなかった。まあ、しょうがないので昼食でもと、せっかくだから日本海の幸を、と思ったが毎度の事ながらそれらしい店は無い。というよりも、大型連休ではその多くは閉まっているが通例であった。
 しかたなく、辛うじて開いていたホテル併設の定食屋でランチサービスを食べた。

 13:35小浜線125系(935M)で東舞鶴駅を出発。車内はかなり混み合っていた。15:36敦賀駅に到着。ここから上りの米原方面へは3回ほど乗り換えなくてはならないが、正午の時間帯はほとんど列車がない。本線なのにローカル線なみのダイヤだ。しかし、特急列車はひっきりなしに走る。
  仕方がないので、米原まで別料金1,550円で特急に乗ることにした。ジャストタイムで15:46北陸本線臨時特急の「しらさぎ98号」3両編成(8004M)がやってきた。時刻表には載っていなかった列車だが、よくよく調べると臨時列車の項にちゃんと載っていた。快適な乗り心地で。かつ鈍行を待って乗り継ぐよりも3時間近く稼ぐことができた事は、体力の温存に貢献してくれた。16:20特急しらさぎは米原駅に到着。



 米原から東京までは、再び東海道線を乗り継ぐ、長い旅がまっている。ホームは人で溢れてきた。前後して特に列車の到着が見られないので、おそらく新幹線から乗換客だろう。それでも非情に、やってきたのは16:30発の117系は4両編成(5346M)大垣行き。かろうじて窓側に座ることができたが、通勤ラッシュなみの混雑ぶり。 ふと気が付く。座れたのはいいが、大垣で乗り換える時は不利になる気がした。まあ、大垣からはすぐの名古屋止まり、これくらいは立ちでもいいだろう。本命は名古屋からの新快速で、これは浜松まで直通なのであるから、絶対に席は譲れない。が、よくよく時刻表を見ると、浜松行き新快速はなんと大垣発ではないか。

 大垣駅で賢明の乗換えダッシュをしたものの、浜松行きの列車はまだホームに来てはいなかった。しかし乗車列のポジションを確保する事ができた為、17:09発の浜松行き新快速、(2348F)312系6両編には、無事に窓側席を陣取ることに成功する。浜松までは2時間の乗車。だいぶ日が落ちてきて、幻想的な三河の車窓を堪能する事ができた。快速なので、痛快に駅をいくつも通過していく。鈍行だったら大変だった。

 新快速は19:11を少し遅れて浜松に到着した。待っていたのは、19:18発、静岡行きの(854M)311系4両編成でロングシート車両。座席確保はあきらめ、写真を撮る。1時間弱の乗車で、20:28静岡駅に到着した。
 次の列車の乗り継ぎまでは20分ほどあり、ここで夕食を摂らなければ終点の東京まで食事にありつくことは不可能であるが、店内で食事をする時間もない。よって駅弁を購入する為改札をでた。静岡駅は広く大きく、食事をする場所はたくさんありそうだが、駅弁を売る店がなかった。新幹線ならいざ知らず、通勤型の在来線で駅弁をすする者はいないだろうからか、しかたなくコンビニで軽食を購入してホームへと向かった。

 やってきた20:52発、熱海行きの列車(1474M)は、211系4両編成ロングシート。しまった!ボックス席を期待していた自分がおろかであった。まあ、ガラガラの車内ではロングシートの一画を広く陣取る事が出来たので、のんびり弁当を開けていると、やはり最後の食事時間と考えるのは私だけでは無いようで、まわりの乗客もパンやおにぎりなどの軽食を口にしていた。しかし、なぜか慌てている様子。それはすぐに分かった。列車の発車時刻が迫ると、ドッと人が押し寄せてきたのだ。満員の車内で弁当を食しているのはかなりのヒンシュクであった。
 とにかく、あわててかき込んだ食事が旅の最後の夕食である。
 次の熱海で乗り換えるのは、東京行きの最終列車。おそらくE231系であろうから、ゆったりグリーン車で帰ろうかと、携帯電話を操作するも(モバイルスイカでのグリーン席購入)、席が無かった場合も考え躊躇してしまったのだが、ある意味正解だった。まだ、鉄道素人の私は駅ダッシュをするのに、グリーン車やボックス席の車両が何両目であるか知らなかったのである。これは致命的だった。

 22:04熱海着。乗り継ぎは4分しか無い。待っていた(954M)はやはりE231系で、今回の旅で最長の15両編成であり、余裕のキャパシティを誇ったが、さすがにわずかな「限定」ボックス席は埋まっており、とりあえずホーム先端の車両をめざして走ったのだが、途中でいやなものを見てしまった。
 東海道本線のE231系は10両+5両の15両編成だ。で、この列車はあたりまえだが、先頭車両は貫通扉は存在しない。ゆえに、いずれかの車両に乗った場合、その編成からもう一つの編成に移動することは出来ないのである。
 肝心のグリーン車は不覚にも後方の編成にあった。最初はガラガラだった車内も、さすがは首都近郊の最終列車である。途中駅でどんどん乗ってくる事、乗ってくること。あっという間に通勤ラッシュのような混雑ぶりとなっていた。
 
  東海道本線もJR東日本管内は駅数が多い事に気が付く。それも東京に近づくほど、駅の間隔が縮まっていくようだ。E231系は強引なほどに「急加速」「急停車」する。普段は当たり前のように感じていたものも、2日間地方線にゆられていた体は、敏感なほどにそれを感じ取った。さらに、車両自体の乗り心地もあったようだ。最新型のE231系は、さすがに国鉄時代の車両よりも数段進化しているものの、やはり圧倒的な保有台数を抱えたJR東日本は、関西のように私鉄との熾烈な競争も無いために、コスト優先の車両開発をしているようだ。特に乗り心地を意識したJR東海の車両と比べると、あきらかに違う事は、この2日間の旅で得た収穫の一つであった。

 列車は23:38品川駅に到着。ここから数本列車を乗り換え、自宅に着いたのは1時にほど近い時間であった。



 
 
Page1■ 中央本線西線・木曽路を抜け名古屋へ
page2■ 東海道線を乗り継ぎ北陸本線へ
Page3■ 山陰本線・いざ餘部へ
page4■ 念願の餘部鉄橋を渡る!
page5■ 北タンゴ鉄道・若狭と別れいざ東京へ
  TOP