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岩滝

いわたき

宮津藩の外港として廻船で栄えた港町・丹後半島の玄関口

京都府与謝郡与謝野町字岩滝 【旧・与謝郡岩滝町】2006年合併

 



岩滝は天橋立に区切られた宮津湾の内海阿蘇海に臨む町で、丹後半島東海岸への入口の町でもあります。岩滝は江戸時代より峰山藩や幕府領などの年貢米の積み出し港として発展した港町でしたが、その歴史は古く、古代律令時代の丹後国の国府所在地とも推定される地であり、丹後の玄関口として人や物資の集散があったようです。ただし「和名抄」では丹後国府を加佐郷としています。

関ヶ原の戦い後、岩滝は宮津藩、田部藩、峰山藩の外港として三分割されていた時期がありましたが、後に幕府領を経た後は江戸期を通して宮津藩領となります。江戸中期ごろから、岩滝の廻船問屋が生糸・縮緬業をも兼ねるようになり、岩滝は丹後縮緬の中心地としても一層の繁栄を手に入れます。幕末には小室家・糸井家・千賀家などの廻船問屋が兼営する絹問屋が台頭し。廻船のネットワークを駆使して奥州糸を直接移入、宮津の糸絹問屋資本や宮津藩とも組んで、それまで丹後ちりめんを独占していた京問屋と対抗し、その機屋支配を奪うまでになります。





現在の岩滝の町並みは、まず丹後ちりめんの生産地であった野田川町や加悦町方面から通じる古くからの街道沿い多く見られます。さらに中心部は城下町のような碁盤の目の町割りであり、港町から徐々に拡大していった様子が伺えます。このように岩滝は陸海交通の要衝として栄えた町でしたが、近代に入るとそれまでの廻船問屋支配による海運依存の為に陸上交通の整備が遅れ、やがてそれが町の発展を妨げ停滞させる事になります。
現在の岩滝は港町ではなく、町の玄関口である「岩滝口駅」は隣接する宮津市にあります。
休日の町の交通量は多いですが、大半は通過交通。道路沿いに静かに残る伝統的な町並み。今はそんな町でした。

















岩滝の町は城下町の様に碁盤の目に町割されている

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