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  久世
くぜ
 水陸交通の要衝・出雲街道の宿場町
 岡山県真庭郡久世町久世

 構成:商家・町家・酒蔵・旧遷喬小学校 ■ 駐車場:なし
 
旭町に残る久世宿の街並み

旧出雲往来を踏襲する国道181号線を走り、かつての宿場町久世町に入って最初に目にはいるのが、いかにも文化財クラスの真っ白な洋風学校建築です。
この建物は明治40年に巨額の費用で建てられた旧遷喬尋常小学校で、国の重要文化財に指定されています。この事からも、かつて郡内屈指の商業町として発展した久世宿の繁栄ぶりを推察することができます。
久世は出雲往来と大山道の追分け宿であるとともに、旭川の舟運によっても発展。
津山藩松平家の減封によって天領となり、幕府代官所が置かれ、陣屋町として郡内における政治経済の中心地となります。

江戸時代初期に津山藩は出雲往来沿いに新たな宿場町として久世宿を設けるとともに、大山道の追分けの道筋も隣りの目木宿から久世宿に移しました。
久世宿には津山藩の本陣である御殿や御茶屋が置かれ、藩の役人や幕府要人が利用しました。また松江藩の本陣として在町商人の景山家が任命されています。
さらに久世河岸が設けられ年貢米や諸産物の積出港として発展。明治に鉄道が開通すると、舟運から鉄道輸送にシフトして依然物資の集散地の地位を守り続けます。

また久世宿は牛馬市の立つ博労宿としても知られています。
数多くの古刹が林立し修験の山で知られる伯耆大山は江戸中期頃から西日本随一の牛馬市が開かれる地として活況を呈し、大山道は牛馬を連れた博労(牛馬の仲介業者)たちで賑わいました。
その大山道の追分けである久世宿でも古くから牛馬市が開かれ、博労問屋が立ち並び、明治以降まで博労宿として賑わっています。

現在、旧久世宿の上町はアーケードが覆い被さる商店街となっており、下町から天神橋を渡った旭町にかけて伝統的な商家が点在しています。
特に三坂川に架かる天神橋から旭町にかけては、川辺の風情と共に最も久世宿の面影を残す場所です。さらに国道の北側、東町には地酒「真庭鶴」の真庭酒造をはじめ重厚な旧家の屋敷が所々に残されていました。

 

東町の商家
明治40年築の旧遷喬尋常小学校
久世の酒蔵          
清酒 「真庭鶴」 真庭酒造 岡山県真庭郡久世町久世2701 0867-42-0018