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  勝間田
かつまだ
 勝田郡の中心地として栄えた出雲往来の宿場町
 岡山県勝田郡勝央町勝間田

 構成:商家・町家・旧郡役所 ■ 駐車場:なし
 
 

津山の東に接する勝央町(しょうおうちょう)は字の如く古来より勝田郡の中心地として栄えた地域でした。
出雲往来沿いに発達した勝間田は、奈良・平安時代には中央の役所が置かれ政治経済の中心となります。
古くからの出雲街道は、信仰の為か平坦地へ迂回せずに、ひたすら出雲へ向けて険しい山間を直進する道でした。江戸時代に入りようやく津山藩主森家により、城下町の建設と合わせこの出雲街道の整備が行われます。
道筋は平坦地を選んで通され、宿駅も新たに設けられました。
美作七宿の一つとなった勝間田宿には2つの本陣が置かれます。津山藩主の宿泊する下山本陣と、その他諸藩や宮家が宿泊する木村本陣です。また出雲松江藩の大名飛脚の継所も置かれていました。
明治に入り国道の整備や国鉄姫新線が開通すると、出雲往来の宿場町は急速に衰退しましたが、勝間田駅が設けられた当地は物資の集散拠点として繁栄は続きます。
さらに日露戦争後の明治41年、現在の勝田郡奈義町の日本原高原に陸軍演習場(現陸上自衛隊演習場)が設置されると、演習場の表玄関である勝間田は兵員輸送の拠点となり活況を呈しました。

現在勝間田は国道が町域を迂回したために、旧道沿いにかろうじて往時のたたずまいが残されていますが、その数は日々減少している感じが伺えます。
宿場の中心にレトロなトンガリ屋根の木造洋風建築があります。明治45年築の勝田郡役所で現在は勝央郷土美術館として利用されています。
町は、旧宿場内の道路を石畳に換え、滝川から引いた水路には鯉をおよがせ景観造りを行っていますが、やはり遅すぎた感じが否めませんでした。