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芥川
あくたがわ
 高槻駅前に残る西国街道の宿場町
 大阪府高槻市芥川町
町家  駅周辺施設  JR東海道本線・高槻駅
 
 

JR東海道本線(京都線)高槻駅の西側駅前に芥川という地名があります。この芥川は西国街道の宿場町として発展した町で、今もなおビルの影にかくれて、往時を偲ばせる古い町家が数多く残りされていました。またこの芥川は平安期から貴族の遊覧地であり、都人に親しまれた地であり、多くの和歌にも詠まれています。

町の東側を南流する芥川(河川)は北摂山地を源に、いくつもの支流を合わせて淀川に注ぐ川で、地名はこの川に由来します。この芥川に掛かる芥川橋という名の小さな橋を渡る道が西国街道の旧道です。

西国街道は京から阪神を結ぶ道で、東海道と山陽道を最短で結ぶルートとして、平安期より開かれていた重要な道でした。
現在、国道171号線が西国街道のルートをほぼ踏襲して、その役割を担っていますが、ほとんどの部分で旧道に沿った形で新設されているため、旧街道筋はほぼ当時のままの姿で残されています。

宿駅の成立も古く、弘安年間(13世紀ごろ)と言われますが、軍事上の要衝でもあった為、摂津管領・細川氏をはじめ家臣の芥川氏の本拠地、芥川城の城下町としても発展していきます。さらに戦国末期に芥川城が陥落したあとも、在郷町として賑わい続けました。

やがて本格的に宿場町が整備されるのは、参勤交代が始まった江戸時代になってからで、最盛期には本陣3軒、脇本陣1軒、旅籠屋33軒、民家800軒、人口は約4000人りを数えたといい、東海道の宿場町と比較しても、かなり規模の大きな宿場町でありました。