岐阜県西濃地方の最北部、揖斐川上流の人口わずか430人の藤橋村。
村名にもなっている「藤橋」とは、古くからこの地の伝承にも登場する奇橋の事。
江戸期から明治にかけて実在し、大野・池田両郡をつなぐ唯一の橋で山野に自生する白口藤を材料とし、両岸の大木につなぎとめたツルの釣橋でした。
美濃名勝の奇景として近世漢詩や和歌にも多く詠まれています。
かつて町内最奥の集落だった鶴見は、昭和39年横山ダムの湖底に沈みました。
ダム隣接する公園には、およそ1400年頃、南朝方の新田義貞が築いたとされる砦が再現された藤橋城や、移築復元された茅葺き民家の歴史民族資料館があります。
本来、この手の建造物群は取り上げるべき物ではないのですが、その規模や建ても御の持つ雰囲気、そしてこの地域の歴史性などからあえて項を設けました。
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