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真野新町
まのしんまち
 佐渡の飛鳥路とも呼ばれた酒蔵の町
 新潟県佐渡市真野新町 【旧・真野町】2004年合併
商家・町家・土蔵・酒蔵・味噌蔵 なし  新潟交通佐渡バス南線・他路線多数
 
 
真野は佐渡の中央西海岸。国仲平野を挟んで両津と対になる西海岸の中心都市。国道350号線と主要地方道両津真野赤泊線が、町の中心街である真野新町で合流して町を縦断しています。街道の分岐点である真野新町は、古くから島内交通の要衝として発展し、物資が集散する街道の拠点として栄えていました。

古代佐渡の国府はこの真野に置かれていたといわれ、町の周囲には国府に関係する遺跡として国分寺や国分尼寺などが発見され、また式内社である引田部神社や大目神社などの古刹も点在している事から佐渡の飛鳥路とも詠んだ歌人もいました。ちなみに現在真野にある国分寺は江戸時代に建立されたものです。

江戸時代に佐渡島が幕府の天領となると、佐渡における政治の中心地は相川に移ることになり、真野新町は純粋な宿場町として歩むことになります。
相川の外港は当初小木港で、連絡道として小木街道が整備されましたが、後に赤泊に変わり沿岸の港町にはおおきな変化と混乱をもたらしましたが、赤泊に至る梨木街道もまた、この真野新町から分岐していたために、大きな影響はありませんでした。

かつてはこの町に3軒の酒蔵があって「アルコール共和国」を掲げていますが、今は(平成10年現在)は2軒になっています。1軒は真野新町の中心部、もう1軒は北の追分から海沿いに佐和田方面にいく途中にあります。ともに淡麗辛口の新潟らしい酒を醸しています。

真野の資料館によると、昭和初期あたりまでは、宿場町らしい町並みが残っていたようですが、その後道路の拡幅と高度成長によって往時の町並みはほぼ完全に失われています。
唯一、鰻の寝床を継承した昭和中頃の建築、越後で多くみられる街道筋の雰囲気だけはわずかながら感じ取れます。さらに町の南側には大きな味噌醸造会社の倉庫街があります。かつては桟橋が海に突き出し、直接船から荷物を積みお降ろししていた写真を資料館で見ましたが、現在は海岸線が埋立拡張されていく中で、国道と臨港道路にはさまれて居場所を追われているような雰囲気です。

真野の町の真価は、やはり「佐渡の飛鳥路」と呼ばれた郊外の田園と古刹からなる風景にあります。
 
 
 
 
かつては海岸線に並んで味噌を直接船に積み込んでいた味噌蔵
佐渡・真野の酒蔵          
清酒 「真野鶴」 尾畑酒造 新潟県佐渡市真野新町449 0259-55-3171    
清酒 「真稜」 逸見酒造 新潟県佐渡市長石84の甲 0259-55-2046