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  小布施
おぶせ
 文人墨客・芸術家達が集まった商業の町
 長野県上高井郡小布施町小布施
商家・かやぶき民家・酒蔵・土蔵  町役場・各観光施設 長野電鉄・小布施駅
 
 
長野市の北東部に接する小布施町は、須坂市と中野市に挟まれた人口1万人ほどの小さな町ですが、異色のオーラを放っています。
かつて多くの文人墨客や芸術家が訪れた、また若い才能を輩出した小布施は、その地名の響きも手伝って今や文化色の強い観光地として知られています。
高井鴻山、小林一茶、天才画家・葛飾北斎などを始め、多くの著名な作家や芸術家達がこの町に関わっていたのです。

小布施は千曲川に流れ込む松川の扇状地(小布施扇状地)に開けた町で、鎌倉期にはすでに小布施郷の名が見られますが、当時はまだ広大な無住の地でした。
江戸期の小布施は天領となり、この時期に六川村の亦右衛門が松川扇状地の開発を願い出て、新田の開発と共に中心となる市場町を開いたのが始まりです。さらに当初六川村を通っていた「谷街道」を、小布施へと付け替えると、街道沿いには常設の店舗が形成されていきました。(※谷街道という名称は明治に付けられたものです)
谷街道沿いの上町・中町通りと谷脇街道の横町通りの丁字路で市が開かれ、この場所に高札場が置かれていました。小布施の六斎市は、幕府代官所における年4回の米麦相場を書き上げるほどの影響力を持つまでになります。
江戸後期になると千曲川通船が開通し、小布施は高井郡一帯における商業交易の中心地として一層発展していきます。

こうして数多くの豪商や豪農が生まれ、蓄積された富や経済力が先の文化活動へと向けられたのです。有名な画家や作家達がこの町に呼ばれ文化サロンが起こり、それがさらに作家や芸術家達がこの町に集まっていったのです。

やがて小布施の繁栄のピークは第1次大戦で終わりを向かえます。千曲川の対岸に開通した信越本線は人や物資の流れを過え、さらに世界恐慌、太平洋戦争と続いて衰退していくのです。

小布施の町は、当時の富が須坂のように蔵や屋敷・邸宅などハードでは無く、ソフト面につぎ込まれた為、表通りを含めて重厚な町並みといったものはあまり見ることができません。しかしそれでも一歩裏手に足を踏み入れると、蔵や邸宅が目立たないように建つ。そして中は膨大なソフトで満たされた・・・それが小布施という町のようです。

 
 
 
 
小布施の酒蔵          
清酒 「スクウェア・ワン」 桝一市村酒造場 長野県上高井郡小布施町小布施807 026-247-2011
清酒 「本吉乃川 」 松葉屋本店 長野県上高井郡小布施町小布施778 0262-47-2019
清酒 「米川 」 高沢酒造 長野県上高井郡小布施町飯田776 0262-47-2114
清酒 「高井鶴 」 小布施酒造 長野県上高井郡小布施町押羽571 0262-47-2050